ライトノベルは「癒し」なのか?

ライトノベルが読まれる理由

少年少女に、なぜライトノベルは支持されるのか。
それは多くの読者がライトノベルに「癒し」を求めているからに他ならない。
癒しとは一言で言えば「辛い現実を忘れること」である。

誰にだって辛いことの一つや二つはある。街のOLさんにも、大学生にも、高校生や中学生にも。
ライトノベルに癒しを求める以上、そこで語られる物語は非現実的かつ幻想的であることが理想だろう。なぜなら現実的な物語内容では、どうしても辛い現実を思い出してしまうからだ。ライトノベルにコメディーやギャグが多いのも読者が癒しを求めているからこそと考えられる。

物語に癒しを求める人達の特徴として、現実的な要素、つまりシリアスを嫌う傾向がある。
分かりやすい例として、TVアニメ『中二病でも恋がしたい!』をあげてみよう。

リンク先はTVアニメ「中二病でも恋がしたい!」の公式サイトです。

バニッシュメント・ディス・ワールド!

作中で中二病の象徴的なセリフとして使われているのが
「爆ぜろリアル! 弾けろシナプス! バニッシュメント・ディス・ワールド!」
というセリフだ。中二病の「ごっこ遊びの決めゼリフ」として視聴者の間でも話題に登ったセリフだが、しかし、このセリフの印象がアニメ第七話で反転する。このセリフが六花の悲痛な叫びだったことが判明するからだ。
これには、TVアニメ「中二病でも恋がしたい!」をギャグアニメとして認識していたファンが拒否反応をおこした。それまで神アニメと誉めそやしていたのが駄アニメ、糞アニメ呼ばわりする者まで出る始末。
この手のどんでん返しは物語的には読者に与える衝撃も大きく、転回に説得力さえあればおおむね好評を得るのが普通であるが、シリアス要素を嫌う「物語に癒しを求める人」には不評を買う傾向がある。
まあ、今回についてはギャグパートでも手を抜かない京アニにも責任の一端はあるのかもしれないが。

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したいことはされたいこと

もっとも、物語に癒しを求める人がいるように、物語に他の要素、例えば「興奮」や「慰め」を求める人達もいる。

こういった人達は物語に癒しを求める人よりも間口が広く、現実的な設定やシリアス要素にも寛容である。むしろ、登場人物の悲惨な境遇を楽しむ余裕すらある。他人の不幸(登場人物の不幸)は蜜の味を地で行く人達、それが「物語に愉悦を求める人」である。登場人物がもがき苦しむさまを喜びとする性癖を持つ人達にとっては、主人公やヒロインが成熟した大人でない方が都合がいい。なぜなら主人公やヒロインが悶え苦しむ機会が多いからだ。自分たちと同年代もしくは年下という点も登場人物を見守る、もしくは見下すこと。物語には「癒し」とは違った楽しみかたもある。

されたいことはしたいこと

ちなみに「願望」や「共感」は慰めに分類されるが、この二つはライトノベルの方向性を左右する重要な要素でもある。願望はハッピーエンドという形で、共感は登場人物(主に主人公)のモノローグという形で、ライトノベルに取り入れられることが多い。

したいことはされたいこと。されたいことはしたいこと。
登場人物が幸せな結末を迎えることで自分もそうなりたいと願う読者。登場人物に強く共感するのは自分も誰かに理解して欲しいという読者の想いの裏返しに他ならない。

ライトノベルが若者に受ける理由

で、年をとって子供にオジサン・オバサン言われる年齢になると、自分の人生の結末とやらが大まかにではあるが見えてくる。自分は何ができて何ができないのか。さらに誰かを理解したい・自分を理解してほしいと考えなくなる。なぜなら、誰かを理解したり自分を理解してもらうことが幸福に直結しないことを経験しているからだ。

つまり、現実を知ってしまったがゆえに非現実的・幻想的な物語に感情移入できなくなってしまうのだ。そして物語が非現実的であることを欠点のように感じてしまい、ライトノベルを読んでも物語を以前のように楽しめなくなる。若いころと比べて『非現実な物語に現実を持ち込ませない能力』が落ちてきている......。いい年した大人だって癒されたい。しかし、非現実的・幻想的な物語を若い頃ほど受け入れられない。

ライトノベルが若者に受ける理由(もしくは若者にしか受けない理由)がここにあるのだと思う。
いい年したオッサンを癒してくれるライトノベル、出ないでしょうねぇ......。

余談

大人は子供に癒されることがありますが、子供も誰かに癒されることがあるのでしょうか。
子供にだって辛いことはあるでしょう。では子供は、誰に、どうやって癒されているのか。
知りたいです。どなたか知っている方がいれば教えてください。

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