スラックティビズムという言葉を初めて知った

被災された方々に心よりお見舞い申し上げます

東北地方太平洋沖地震で被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。
スラックティビズムについてはWiKiで詳しく解説されているが、手短に説明すると「自己満足でしかない社会奉仕活動」だろうか。

たとえば、被災者のために鶴を折る、被災者のためにネットで手をつなぐ等々、個人の負担や努力を必要としない被災者の事情を無視した活動が挙げられる。注目すべきは、その行動の源が善意であること。当事者たちは、自分たちの行動が最善の方法と信じている訳だ。

自分たちの行動が社会にどのような影響をもたらすか。自分たちの行動を他人はどう受け止めるのか。といった客観的な視点を欠いたまま。

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自然はいついかなる時も野生である

では、なぜこのような行動をとってしまうのか?それは、考えるという行為について論理的に考えてこなかったから。
つまり、論理的な考え方 (ロジカルシンキング)が身についていないから、このような行動をとってしまう訳だ。ことさらに哲学を学べとはいわない。せめて、ビジネスでいうことろの「問 題解決法(フレームワーク)」を身につけていれば、このような行動はとらなかったのではないか。

五教科を学ぶ意義

では多くの人は、なぜ問題解決の方法を身につけていないか?
実 をいえば、すべての人は問題解決の方法を幼いころから学んでいる。小学校から高校、大学までの間に多くのことを学んでいる。五教科とは形の違うフレームワークを五つ集めたものであり、授業とは、それらを身につけるための学習だったのだ。だが、深く考えることをせず出された問題を解くことばかり意識するあ まり、その大元の部分がないがしろにされ続けれきた。その結果の行動がこれである。

教える側に認識が欠けていたことも致命的だった。国語、数学、英語、理科、社会。学校で習ったことは社会に出てからは役に立たない、と思っている人もいるかもしれないが、それは考えが浅いといわざる得ない。学ぶということは、実は奥が深いものなのだ。最近、問題解決法やフレームワークの本を読んで、しみじみそう思う。

書いているうちにふと思い出した、どこかで見た言葉で締めたいと思います。

あるビジネスマン『学生のころより、社会に出てからのほうが勉強することが多いよな(苦笑

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