銀座にはなぜ超高層ビルがないのか 竹沢 えり子 平凡社

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銀座らしさってなんだろう?

銀座に超高層ビルがない理由である「銀座らしさ」とは何かを導き出しながら、街作りにおける住民と企業と自治体の関わり方を提案した本。

江戸時代から続く町並み

日本一地価が高い商業地として知られる銀座は江戸時代の町割りによって誕生した。江戸時代に銀貨の鋳造のための役所が置かれていたことが地名の由来だが、明治大正昭和と時代が移っても区画整備などで町並みが変わることがなかった。今に残る碁盤の目状に整備された町並みは江戸時代からさして変わらず、そのため『歩く』ことを基準とした町割りになっている。
この歩くことを基準とした町並みがそのまま残っているのが銀座の特徴だろう。

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意外と人の入れ替わりが激しい銀座

江戸時代からある銀座だが、同じく古い町並みを残す京都などと違って古くからの住人は少ない。銀座に江戸っ子が少ない理由は簡単で、街が廃虚と化すたびに地主や働く人が交代しているからだ。関東大震災と東京大空襲で廃墟となった銀座は、そのたびに新しい住人を迎え復興を果たしてきた。人という街の血が入れ替わり、商店という街の骨格が変わっても銀座は銀座で在り続けた。
働く人が変わり新しいビルがたっても「銀座らしさ」が受け継がれてきた理由はどこにあるのか?

銀ブラにみる銀座らしさ

銀座と他の街との違いは、歩くことを基準とした町並みにある。その象徴が「銀ブラ」だ。
銀ブラとは街を歩いてウインドーショッピングをしたりして買い物を楽しむことだ。ウインドーショッピングをしたり買物をすることは他の街でもできる。しかし、これを街レベルで出来る商業地は少ない。せいぜい「通り」レベルが地方都市の現実なのではないだろうか。区画整理って重要なんですね。あと、交通の便。

超高層ビルは集客の切り札となるか?

二〇〇三年夏、松坂屋と森ビルから二百メートル近い高層ビル建築の説明を受けた銀座の人々は狼狽した。人々が狼狽したのは、超高層ビルの建築が銀座にとって良いものか悪いものか判断がつかなかったからだ。
銀座で商売をしている人々は考え始めました。超高層ビルの存在は銀座らしいのか銀座らしくないのか。そもそも銀座らしいとは何か?
銀座らしさとは街を訪れた人々の評価であって、当事者である彼らは深く考えたことがなかったのです。

(余談ですが、大型ショッピングセンターができたおかげで周囲の商店街が潤ったなどという話は過分にして聞いたことがありません。なぜならショッピングセンターの客の大半は車で来て車で帰ってしまうからです。銀座に車で来る人はまれですから、少し事情は違うのかもしれませんが)

私らしいとは誰が決める?

それが自分らしいか否かは、他人に教えられて初めて気づくことができる。なぜならそれは自分にとって自然であり、わざわざ意識してすることではないからです。
同じように銀座で商売をする人たちにとって銀座らしさは日常のことであり、その内容は明文化されたものではありませんでした。

しかし、それを明文化することで「銀座らしさ」を守ろうという機運が高まります。きっかけは超高層ビルに代表される再開発の計画でした。もちろん、銀座らしさという概念を明文化することはとても苦労が伴いましたし、それを実際に実行するのも並大抵のことでありません。しかし、あえて縛りを緩くすることで「銀座らしさ」を皆の協力を元に実現していこうと今も努力しています。

銀座=自分=日本

法律や行政に依存しない街作り。自分たちで考え協力し実現する街作り。
この本に書かれているのは銀座以外の街作りに有益な情報だけではありません。自分らしいとは何か、日本らしいとは何かといった個人や国家にも応用が利くような気がします。
まあ、自分らしさに行政や法律が関係することはありませんが、他人との付き合いや会社とのかかわり合いの再構築の参考になるかもしれません。

余談

個人的には超高層ビルなどというものは不要だと思っています。地震の多い日本では高層ビルで十分です。東京の中央区でも二階建ての建物はゴロゴロしていましたし、西洋に比べ空間を効率的に使えているとはいえないのが東京都心の真実です。都会には都会の土地の活用方法があると思うんですけどね。

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