なぜ、町の不動産屋はつぶれないのか 牧野知弘 祥伝社

投稿日:

町の不動産屋の実態を通して、不動産の本質と不動産が持つ価値について語った本。

地価下落は幸福の近道?

国家による土地価格の統制が機能した事例はない、とこの本では論じます。土地の値段が安い=健全な状態とは限らない、と。

たしかに、投機先としての土地が注目され地代が跳ね上がった時期がありました。バブル時代のきっかけは土地への過剰な融資でしたが、過剰な融資が行われたのは人が土地を求めたからです。神の見えざる手がそれを望んだのです。

著者は不動産に携わる業者を二つに分けて紹介しています。

一つはファンドから得た資金を元に、土地を買いビルを建て分譲して売ることを収益の柱としている業者。リーマン・ショック後の貸し渋り(リファイナンスの条件強化)で倒産した会社はことごとくこの業態でした。

もう一つは街の不動産屋に代表される、大家業の家賃収入や管理手数料を収益の柱としている業者。これには三井不動産・三菱地所といった大手の不動産会社も含まれます。

- スポンサードリンク -

短命なマンション分譲業

著者は前者をギャンブル不動産業者と呼び、不動産業のイメージを悪化させた原因と指摘し眉をひそめます。買った土地の価値を長期的な運用によって高めていくのが本来の不動産業なのだと力説するのです。
この著者の言によれば、「売り建て」を収益の柱とするマンション分譲業者で、事業歴30年以上の大手は日本でも片手で数えるほどしかないそうです。

この短命さはディスカウントショップを連想させます。あれも一代限りの業態でした。百円ショップはどうなのか、興味がわくところです。

町の不動産屋が潰れない理由

では、ギャンブルに手を出さず、大家となって堅実な運用をするためにはどうすればいいのでしょうか?
そこで参考となるのが、町の不動産屋です。

彼らは一攫千金より、たとえ少額でも定期的に入る収入を重視します。そして地主や同業者と情報を交換して、安定した収益を見込める土地を探すのです。当面は安定した収益を見込める物件ではなくても、長期的に見て成長性が見込めれば資金を投じることもあります。

共存共栄をモットーとする仕事

ギャンブル不動産業者が四半期ごとの収支に一喜一憂するのとは対照的に、街の不動産屋のビジネスモデルは牛の涎のように長い事が特徴です。

分かりやすい例が、東京の丸の内のビジネス街でしょう。丸の内の土地を三菱の創業家が買ったのは明治の初めごろ。そのころの丸の内は原っぱも同然の土地でした。今では、その原っぱを想像することすらできないほどビルが立ち並んでいます。

その町で生活し、その土地に根付いている人たちと共に栄えること。共生こそが不動産投資の本質である、と説く著者には強く共感しました。

災害が多い国の住宅事情

そもそも、日本人の持ち家新築願望は異常です。せまい敷地ぎりぎりまで建物を建てているため、隣家との隙間が30センチに満たない家をよく見かけます。あれだけ家が密集している街並みで災害が起きたらと思うと......溜め息しか出てきません。

さらに断言すれば、貴方が建てた家に貴方の孫が住むことはありません。貴方の建てた家は、五十年と立たずに住む人もなく取り壊されてしまうでしょう。五十年後には元の更地に戻るだけで何も残りません。

ちなみに私の家は、父母の家系とも江戸時代末期より昔の家系図がありません。寺が火事で焼けたという話ですが、そもそも寺の名前も不明瞭なので本当かどうか怪しいものです。

戦後の街並みが現代に残るパリ

第二次世界大戦後のパリの街並みが今とほとんど代わり映えしない事実が、古代から石で作られた家に住みローマ時代には高層マンションを立てていたヨーロッパと、土と木で作られた家に住んできた日本との不動産に対する価値観の違いを表していると思います。

石=永遠と木=輪廻といった宗教観の違いが、住宅への考え方に影響を及ぼしている可能性もあります。最近の出来事でいえば、伊勢神宮の式年遷宮が記憶に新しいことと思います。また、昔から日本では台風や地震が多かったことも新築を尊ぶ理由の一つかも知れません。

女房と家は新しい方がいい?

個人的には、サラリーマンに持ち家は必要ないと考えています。正確には、新築の持ち家にこだわる必要がないと思います。江戸時代と比べて家の耐久度が桁違いにあがった今、わざわざ新築も持ち家にこだわる理由はないはずです。中古でも、立地的にも住居的にも条件の良い借家は五万とあります。

ただし、土地に縛られた仕事を家業としている人には家は必須です。ただの家ではなく、二世帯三世帯が共に朝食を囲めるような邸宅が必要でしょう。農業や漁業を生業としている家、大家として賃貸業をしている家などがそうです。閑話休題。

不動産はなくなることはない

著者は住宅の供給はすでに十分すぎるほどあるのだから無理やり山野を造成して宅地にする必要はない、と力説します。そうやって作られた新興住宅地は何かしら宅地として問題を抱えていることがほとんどである、と。

わざわざ住宅地を造成するより既存の物件に目を向けるべきであり、団塊の世代やその親世代が不動産を手放す時期に来ている。建物でいえば昭和三十年代や四十年代に建てられた家の多くが住む人もなく放置されている現状だ。

素晴らしきかな、大家ライフ!

一攫千金のギャンブルに走ることなく、地道に土地を家を買い、わずかばかりの賃料で日々を謳歌する。それが素晴らしき大家ライフというものだ。私も、あなたも、そんな素晴らしい大家ライフを送るチャンスはある。と、著者は読者に語りかけてこの本を締めます。

- スポンサードリンク -