十字軍物語 1 塩野七生 新潮社

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神がそれを望んでおられる!

西洋や中東では誰もが知っている歴史、十字軍。その十字軍の所業を日本人である著者がなるべく客観的な視点で書きつづった本。

十字軍物語と銘打たれていても、歴史小説ではありません。残された記録を元に当時の人々の行動と結果をつづった歴史書です。なので、歴史小説と比べて登場人物にセリフはなく、TVドラマのようなものを期待した人は感情移入できないかもしれません。
ですがその分、客観的な視点で歴史を俯瞰できるように構成されています。

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十字軍前のヨーロッパ

著者は冒頭で十字軍を提唱したウルバン二世が改革派であったこと、キリスト教における改革について解説します。

キリスト教における改革とは「世俗のすべてのことは神の地上での代理人である法王が決定すべきことであり、皇帝や王はその決定に異議を唱えず遂行するだけの存在であるべき」という考えを実行する人たちのことです。
ウルヴァン二世の先々代の法王で「カノッサの屈辱」の当事者であるグレゴリウス七世も改革派の一人でした。

フランク人たちの物語

第一章でウルバン二世のプロフィールを解説し当時の法王と世俗の王たちの関係について触れた後、法王の呼びかけに皇帝や王が呼応しなかった理由、参加した諸侯たちのプロフィールが紹介されます。諸侯の代表格として

  • トゥールーズ伯レーモン・ド・サン・ジル
  • ロレーヌ公ゴドフロワ・ド・ブイヨン
  • プーリア公ボエモンド・ディ・アルタヴィッラ

をあげ、第二章では諸侯たちのコンスタンティノープルへまでの道行をつづります。

タンクレディの塔

三章ではコンスタンティノープルからアンティオキアまでの小アジアでの戦いを、四章ではアンティオキアでの攻めるキリスト諸侯側と守るイスラム太守側の攻防戦を描きます。

コンスタンティノープルを出立しアンティオキアが陥落するまでに、東ローマ帝国皇帝アレクシオスの企み、貧民十字軍の過酷な運命、エデッサ伯国の誕生、エジプトからの意外な使者、司教アデマール、諸侯の対立と、聖都エルサレムへの道も半ばだというのに七難八苦の連続。

分裂した聖なる槍

もちろん、アンティオキアを発って苦労の末エルサレムを占領し、エデッサ、アンティオキア、エルサレム、トリポリを占領して中東にキリスト教圏を誕生させるのですが、エルサレムを維持する兵士の数が絶対的に足りなかった。しかし、そこは故郷から遠く離れた地。兵員の補充など望むべくもなかったのです。

キリストの墓所の護り人

戦う前から空腹に苦しみ、勝ったら勝ったで分け前で揉め、戦いと戦いのあいだの束の間の平和は疫病に苦しむ。

十字軍の一員として参加した諸侯や騎士たちの肉体と精神を支えたキリスト教への信仰心は、今の日本人には信じられないぐらい強かったのでしょう。もちろん、諸侯や騎士たちの中には実利を求めて十字軍に参加した人もいましたし、戦いを前に母国に逃げ帰った諸侯もいました。

ボードワンの死

第一回十字軍は一枚岩ではなく、たびたび分裂しています。しかし、不思議と正念場になるとそれまでの諍いがウソのように一致団結し事にあたったことが第一回十字軍がエルサレムを奪還するという目的を達成できた要因であると著者は説きます。

しかし、一方でヨハネ・パウロ二世も謝罪していましたが、十字軍の異教徒に対する殺戮・略奪・強姦は本当に酷いものだったようです。十字軍の暴力の対象は異教徒だけに限りません。しばしば異端とされたキリスト教のカトリック以外の宗派への差別意識には心底震えました。

と思ったら、金や食料と引き換えに街を素通りしたり、占領した街でカトリック教徒以外が住むことを認めたり、城内にあるモスクにイスラム教徒が礼拝するのを容認したりと占領政策として寛容な一面もあったりします。そのあたりは、宗教者の現実感覚と諸侯としての現実感覚の違いでしょう。

タンクレディ・ネットワーク

なにしろ、十字軍はエルサレムを占領したあとも戦力としての騎士の不足にもがき苦しんでいました。本国は遠く援軍は期待できないうえ周り全部敵の領地なのですから、大局的に見れば籠城しているようなもの。

むしろ、よくエルサレム王国を数十年も持たせたと思います。

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