想像力の地球旅行 荒俣宏 角川書店

あらゆるものを観察し

世界のありとあらゆるものを観察にもとづいて分類し、分類したものを時間軸にそって系統立て、それら『分類と系統』の図を森羅万象の縮図として後世に残す学問である博物学。
この本は作家荒俣宏が執筆し、博物学の入門書として角川ソフィア文庫から出版された一冊です。

博物学の曙は大航海時代だが、その源流は古代ギリシャ時代にまで遡る。
当時の博物学、自然史は俗信や寓意が多分に含まれていたが、その俗信や寓意には観察に基づくものも少なくなかった。例えば、ハイエナが一年おきにオスになったりメスになったりするという記述は、ハイエナの身体的特徴が元になっている、という風に。

動物の本性と寓意

しかし、中世のヨーロッパではキリスト教の影響もあって動物の姿や行動が擬人化され寓意的意味をもつようになった。
人の外見や行動をフクロウやライオンなどの動物に重ね合わせることは今でも普通に行われるが、動物の寓意的意味が共通認識として広く浸透したのは中世で広く読まれたペスティアリの影響があると思われる。

一方で、実際の動物の行動や生態を元としない寓意が増えた結果、観察に基づかない図鑑が世に出回ることとなった。幻想図鑑は人々の風聞や噂を集めた非現実的な図鑑だが、幻想図鑑が生み出された背景には共通認識としての寓意的認識があった訳だ。

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あらゆるものを収集し

現実の動植物を元にした博物学は、大航海時代に多くの商人や探検家が世界中の動植物を収集しヨーロッパに持ち込んだことから始まります。

東インドのプリニウスと呼ばれたルンプフ(ゲオルク・ルンフィウス)はアンボイナ島の動植物を収集・分類し、死後『アンボイナ島珍品図譜』を残した。また医者として来日したシーボルトも日本から多くの動植物の標本を持ち帰っている。まあ、ファレンティンのようなとんでもない宣教師もいましたが。

あらゆるものを分類する

収集物が博物館に集められると、ただ集めることだけに満足していた人々の中から、集めたものを体系的に分類しようと試みる人が現れる。分類学の登場だ。リンネ、ビュフォン、キュヴィエらが、それぞれの立場から動植物の分類について論じている。

さて、分類の方法は確立した。しかし、分類するためには資料以外に必要な物が二つある。
動植物を採取・収集するための足(運搬)と観察に基づく分析です。

世界一周収集の船旅

著者は博物学の発展に大きな影響を残した航海者としてイギリス・フランスの航海者を数名を挙げているが、イギリス・フランスを代表する人物としてキャプテン・クックとラ・ペルーズを私は選びたい。

彼らは未知の海洋を博物学者を載せて航海し、時には自らも現地に足を運んで収集した大小さまざまなものを本国に運んだ。残念ながらキャプテン・クックもラ・ペルーズも航海の途中で命を落としてしまったが、彼らのような勇敢で有能な航海者がいなければ博物学だけでなくこの時代の学問そのものが停滞していただろう。

博物学者の二つの道

博物学を専攻する者のうち、博物館に集められたものを調査・分類し名前をつける者をキャビネット博物学者、船に乗って数千キロ離れた現地に赴き現地で収集・調査をする者をフィールドワーカーと著者は呼び分けている。

両者の違いは一目瞭然で、キャビネット博物学者はフィールドワーカーと違い現地に足を運ぶことは稀だ。著名なキャビネット博物学者として日本と縁がある人物にテミンクがいる。シーボルトがオランダに送った採集物を、博物館の中で分類したり文献にまとめたり、採集物に名前をつけたりしていたのがこの人だ。

フィールドワークの達人

一方、著者はフィールドワーカーを代表する人として、フンボルトとヘンリー・ベイツの功績をあげる。彼らは本国から遠く離れた南米におもむき、ジャングルを歩き回ってさまざまな発見をした。特にフンボルトは南米探検の体験を「南米紀行(三十五巻)」という本にまとめている。この南米紀行を読んで南米行きを夢見たのが若き日のダーウィンというのだから面白い。

写真とスケッチの違い

博物学、ひいては図鑑に欠かせないものとして図解がある。図解の役割は、その生物の生態を図で表わし読者の理解を助けることだ。古い図鑑に載っている図は想像を元とした線の塊でしかないが、時代が下るにしたがい観察に基づいた繊細で色彩豊かな図解へと変化していく。

最初のころの図解は手書きによる模写である。だから数が作れない。時代が進むと、主線を印刷し図解に手作業で色を塗る工程が加わる。一番安上がりなのが石版を使っての多色刷りである。銅版画での多色刷りは金と手間がかかる。

観察に基づいた繊細で色彩豊かな図解は、時として写真を上回ることがある。擬態している小動物や昆虫、草の生い茂った場所などでは対象物が周囲に溶け込んでしまい見分けがつかないことが多々あるからだ。

科学を宗教から守らねばならない

第十一章において著者は、ダーウィンがビーグル号に乗り種の起源を書くに至る経緯を詳細に紹介する。ダーウィン以前に生物が変わることを唱えた人がいたこと、ダーウィンの生い立ち、ダーウィンがビーグル号に乗った経緯、出版された『種の起源』が世間に与えた影響、ダーウィンの晩年など。

あれだけ大きな功績を上げた人なのに、ナイトの称号をダーウィンが叙勲していないことをこの本で初めて知りました。

吉宗の諸国おたづね

十二章から十五章では、江戸から明治にかけての博物学の実態を解説している。輸入された本草綱目と日本人はどのように接したのか。日本の博物学の発展にシーボルトが深く関わっていること。海をわたってコピーされたウグイスの図。物産会の仕掛け人である平賀源内についてなど。第十六章では南方熊楠のことについても触れています。

一般と個別の統合

著者は博物学は自然科学を研究する研究者にとって究極の目標であり最大の難問であると解説する。なぜなら博物学は死んでいる自然、生きている自然のすべてを扱うからです。
専門家が狭く深くを志ざすものとすれば博物学者とは広く深くを志ざす者。およそ凡人になせる学問ではない。それこそ、南方熊楠のような超人にしか、成し得ない学問なのかもしれません。

余談

まあ個人的には、愛人を男装させ探検航海の船に乗り込ませた探検家が二人も紹介されていたのには笑いました。長期航海の間、愛人(もちろん妙齢の女性)を男装させて乗船させるなんて......都市伝説じゃないの?

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