現代落語の基礎知識 広瀬和生 集英社

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落語は伝統芸能ではない

そもそも落語とは何なのか。古今亭志ん朝の死に始まった現代落語について、ハードロック・ヘヴィメタル音楽月刊誌「BURRN!」の編集長で大の落語好きである著者が「落語の現場」の観点から解説した本。

落語は作品ではない

現代落語の基礎知識というタイトルだが、この本は落語の用語集ではない。著者が現代の落語について10個のキーワード(落語ブーム、古典と新作、名人、本寸法、寄席、ネタ、フラ、マクラ、サゲ、客)をお題に語ったものである。著者は落語についてこう語っている。

古典落語だけが落語ではない。落語は自己表現であり決まった型がない。ただし、型はないが演目はある。落語は音楽とは違い、演者一人では完成しない芸能である。

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寄席(定席)は上級者向け空間

落語は落語家と観客の阿吽の呼吸から生み出される芸能である。観客は演目を聴きに行くのではない。演者の個性を楽しむのが落語の楽しみ方であり、だから知っている話を何度でも新鮮に楽しめるのだ。
そもそも、演者がマクラを振るのはなぜか。それは落語が目の前の観客に語りかける芸能だからだ。落語家は観客の反応を見ながら、噺を伸ばしたり縮めたりする。

逆に言えば落語は、聴く側の観客にも、それなりの経験値が必要な芸能であるということだ。寄席は様々な事情からその傾向が強く、落語初心者がホイホイと行って楽しめる場所ではない。さらに著者は寄席が初心者向けではない理由として、一人の持ち時間が短いこと、落語家のクオリティ、寄席の制約の多さ、の三つを上げている。
しかし、これも東京での話。東京以外で寄席がある都市は限られてくる訳で、地方の落語ファンには縁のない話ではある。

落語はLiveに限る

落語は一期一会の芸能である以上、演者を目の前に生の落語を聴くべきと著者は力説する。録音や録画したものは落語の楽しさを伝えきれていないことがある、と。映像や音声だけで演者が持っている「フラ」を伝えるのは無理というもの。著者の主張も分からなくもない。が、やはり落語に触れるきっかけとして一番多いのがCDやDVDといったメディアであることも事実だろう。著者にはその辺りのフォローもしてほしかった。圓生百席と談志百席は敷居が高いっす。

ちなみに「フラ」とは落語独特の用語で、その演者が持つ独特の「味」「可笑しさ」「個性」のこと。筆舌に尽くしがたい何か、と言い換えてもいいかもしれない。視覚と聴覚、噺のリズムなどの複合的な要因によって生成されているようだ。

技術的に上手いのに面白くない落語家には決定的に「フラ」が足りないと著者は指摘する。
落語家に求められているのは、自己の探求であるらしい。

サゲ=オチでないことも

古典落語を絶対視しない著者は、落語を楽しむには演者と観客のイメージの共有や共感が必要不可欠である以上、落語初心者は新作落語から聴き始めることを提案します。確かに、江戸と現代ではギャップがありすぎですからね。聴いて理解できなければ、面白みも半分に目減りしてしまうでしょう。
また著者は落語のサゲについて触れ、サゲは必ずしもオチではない理由を解説しています。

落語のガイドブックではありません

落語家の名前を知らなくても、落語に興味がある人なら誰でも読んで楽しめる内容です。落語用語集を読むよりも楽しく分かりやすいのがいい。本の後半は著者の落語と出会ってからの落語歴が詳細に語られます。ただしお勧めのCDやDVDといった初心者向けのコーナーがないのが玉に瑕。ま、本の内容からしかたがないことですが、お勧めの落語家についてはアマゾンなどで検索すれば出てくると思うのでそれを参考にしてはいかがでしょうか。

最近出版された同じ著者の落語手帳は......手にとって確かめてみてください。個人的には正直微妙でした。

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